すてきな本を読みました。
田村セツコさんてイラストレーターの方。
子供時代読んだ"おちゃめなふたご”シリーズ
や"はりきりダレル"シリーズの挿絵を描いて
いらっしゃって、大好きだった。

亜土ちゃんと田村さんは別格!!!!!!!

今の自分にとっては、
「アンチエイジング」
とか「おひとりさま」
の細かいことを学べる
マニュアルみたいな本
よりも、ざっくりと
ライフスタイルを勉強
することが出来る、
このような本が心に
響くし、心が動かされる。

勇気をもらったのは、
おばあさんのファッション
は思う以上になんでもあり!
若い人が挑戦するには
気合や理由付けが必要な物
も、ある程度年齢を重ねる
と、洒落で取り入れること
が出来る、素晴らしさ!

田村さんがそうであるか
どうかは詳しく確認して
無いけど、戦前生まれの、
「女学校」とか「女学生」
って言葉や制度があった
時代の女性って、本当に
モダンだ。気取ってると
言う意味ではないほうの、
モダン。

モダンとは矜持なんだと
思う。

今より物質的には自由は
無くて、でも精神的には
とても自由で進んでいる
女性が居た時代に憧れる。

今は物質的経済的に
とても自由に見える
のに、

自分を守り育てる
機能は既に無く
形骸化した家や
組織や…色々な
ものに縛られたり
しがみつかなけれ
ばならない…

もっと自由に生きよ、
とおばあさんたち
に言われているよう
な気がする。

心の自由は誰にも
奪われないんだ。
節分のあたりに買ってちまちま読んでる本。

おもしろい。

とりあえず公式覚えてね、みたいな
数学は苦手だったけど、

頭の体操や問題解決としての数学は
本当におもしろい。

"昨今の、衰退する経済、自殺の多さ、形骸化する
組織、革新的な新製品の欠乏、そんな日本の閉塞
状況を打開する道は、個人個人が「考えることの
面白さ」を習得し、「未知なるものをおそれず、
分からないことにたいして楽しみ向かう」ところ
から始まると感じている"

 佐藤雅彦氏(東京藝術大学大学院 映像研究科教授)
による解説文より。
"因果関係"を把握する力が生まれ持ったものだとして。

すべての人が本当は生まれ持っているけれど、スキルとして表に出てくる人と来ない人が居ると仮定しよう。

スキルとしてすぐに表に出て来ない人の本来生まれ持った力を表に出すにはどうしたら良いか、を書いているのが7つの習慣の本だったら素晴らしいと思う。

そう信じて何回も読んで自分を律し続けてみようか・・・
( ̄  ̄!)
yondeみてる本。
世の中自己啓発書があふれているけど、色々な本がある中で、コレ!と言う凝縮されたエッセンスを語っているのがこの本なのだと色々なところで紹介されているからずーっと気になって仕方が無かった。

途中だけど。

すべての基本は"人格"とのこと。
人格とはその人の、ものの見方。

ものの見方≒センスみたいなものって
後天的に獲得されるものも多いけど、
持って生まれた部分もけっこうあるん
じゃないかなあと、科学的にはどうあれ
経験的にはそう思うんだけどな。

こないだ構造主義の本を読んだけど、
構造主義と言う学問・思想体系で
言われている"構造"って言う概念は、
もっと・・・かなり平たく、一般でも
通じるような言葉に無理やり言い直す
とすれば、"因果関係"って言葉になる
んだろうなあと最近思うようになって・・・。

よく言われる、ある場所で蝶が羽ばたいたら
その場所から遠く離れた地球の裏側の地域の
気候に影響を与えるとかなんとか(バタフライ
エフェクトとか言う説)、そういう現象を因果
関係と言うと思うけど、自分が与えた影響がどの
ように巡って対象物に影響を及ぼすかって言うのは
どの場所に何があるかの把握から始まって、力学的
計算だとか、色々な要素が絡んでくると思う。

どのような学問も、そう言う因果関係の仕組み
を解き明かすような道筋になって居ると(たぶん)
思われるけど、ただパターンや公式を知っている
だけで因果関係を理解したり使いこなすことが出来
るのだろうか。実際に個別の事象にぶち当たった時に
どのように対象を捉えるかに関しては、表現が変だけ
ど「抽象的な空間把握」だと思う。そのスキルは個人
差があって、生まれ持ったものが、やはり現実的には
大きく作用するんじゃないのかなあと思うんだよな
あ。
 わたしが図表などプレゼン資料的な分かりやす
いものを見せられて初めて理解出来るような仕組み
を、図表など書くことなく頭の中だけでイメージし
てものすごい速さで問題解決に導く人らって居るん
だ。どちらかと言うと少数派の人々だと思うけど。
そのような人々も、「生まれ持った部分が大きいと
思うよ~」って自分で言ってたからなあ。

7つの習慣に書いてある内容から得た知見を、
実際に実践で生かせるかどうか、謎だけど、
文字通り「バイブル」的に手元に置いて、心の
支えと言うか、自分にとっての基本書として
折に触れて読んでみるのは良いと思う。自分の
普段の生き方や姿勢を正すために(笑)。
ヨガをゆるくはじめました。
十代前半ぐらいのときに一度ヨガに
出会って、ちょっとやってみた時期も
あったけど、正直よくわからなかった。
再びヨガと言うものに出会う。月の
サイクルと言うテーマとセットに
なっている方法と言うことで、
いまの自分にとってものすごく
納得できる方法だと思う。

著者の方のメッセージとして、
"女性が自分の内面を見つめ、
自分に愛を注ぐ"ために月の
リズムを取り入れながらヨガ
に取り組むんだ、って言う
のが書いてあった。

月のリズムは自然界にあるもの
だけど、自分のからだのリズム
にも関係あって、おもしろいな
と思う。自分の外側にある要素
を取り入れながら、自分の内側
に意識を向けると言う活動が
有意義でないわけが無い。笑。
塩野七生さんの本。
続編があるのを知らず、
1だけ買ってしまった。
君主論を書いたマキアヴェッリ
についての本らしいけど、むしろ
メディチ家のフィレンツェ華やか
なりし頃の描写がすばらしい。
美しい街だったんだろうなあ。

気になる一節。
【人間は、運に恵まれない人に
対して同情はするが、幸運に恵まれ
つづける者のほうを好むものである。
ナポレオンは、同程度の才能
をもつ将軍が二人居れば、運の強い
ほうを登用したそうだが、人間が
なにかをしようとする場合、いかに
優れていても才能だけでは充分では
なく、運というものが大きくものを
言うことを理解している者はマイノ
リティにすぎない。しかし、マジョ
リティも、人間心理のごく自然な
発露としても、運の強い者を好む
傾向は共有しているのである。】

すごくよくわかる( ̄  ̄)(_ _)

ただ、運の良さを見極めるのはどういう
方法なんだろう?ナポレオンさん。まあ
そういう眼力を持ってるからこそのナポ
レオンさんか。

そして、運が良いと思った人が思ったとおり
の運の良さを発揮できない場合とかもあるの
では?運の良さのムラとかwww

でも、誰もが運の良い人を好むと言うのは
本当によくわかる。憧れもあるし、なんか
魅了される。

運が良いと言うのは、色々な不確実性と言う
要素に自分が勝つと言うことで、たまたまの
まぐれって言うのもあるけど、そういうのは
″運の良い人″って言わないと思う。継続的に
不確実性に勝ち続ける人、が運の良い人と認知
されると思うから。

不確実性に勝ち続けるには・・・・・・・・。

不確実性に負ける(意に染まない結果になった
場合)ことになったとしてもドーンとしてられる
精神の強さや、それを受け止めてくれる環境とか
周りの状況もあると思うけどな。

良い巡り合わせを持つ人らだよな。
ララミさんとリオさんの日記を読んで・・・。
自己実現とそれを妨げる(あえて妨げると表現)
ものについて考えてしまった。

ちょうど今、坂口安吾を読み返して居て、
″堕落″ってどういうことなのか、以前は
いまいち分からなかったのが、今回核心
に近づけた気がして、そのことと、自己
実現を阻む何かと言うテーマがかなり
関係あるんじゃないかと思うようになった。

坂口安吾によると、天国に達する前には
一度地獄に堕ちる必要があるらしい。
地獄に堕ちた者全員が天国に到達できる
訳ではないらしいが(き、きびし・・・)、
天国への道の途中には必ず地獄がある
とのこと。

地獄≒堕落だと思う。

そんで、堕落と言うのは必ずしも分かりやすい
意味での悪事や乱れた生活のことでもないと思う。

堕落とは精神性のことであり、人間らしさを
一旦失い、より動物的、本能的な選択をして
行くようなイメージだと思う。

自己実現を阻むものは、この本能的な選択と
言う生き方を、卑しいと思う人間としての
気高さかもしれないと思う。

どちらが正しいというものではなくて、
人間には2つの側面がある。

そして、自己実現度の高い人は、やはり
どこか動物的・本能的だ。

ずっと思っている。自己実現、好きなことを
やる、と言うテーマだと、すぐに脱サラして
起業、とかめちゃくちゃ極端な事例を思い
浮かべ、やるべきでない、と言う人が多い
と思う。そりゃやるべきではない。安易な
素人にはムリだ。

そこで。

自己実現、好きなことをやる、イコール、
なぜ即起業とか極端な例しか出てこないの
だろう。もっと中間点を探ろうとする人は
なぜあまり居ないのか。会社を辞めなくても
変わらなくても、今の仕事や生活を続けながら
自分らしい豊かな仕事ぶり暮らしぶりの向上
と言う方向性で努力するって言う説はなぜ
あまり合意が得られていないのだろう。

でもそういう生き方の人も一定数、一定数以上
居ることもわたしは知っている。

それすらも許されなかったり、無理だと思うの
って、結局やっぱり″本能的な生き方″の要素を
取り入れる≒卑しいって言う気高さだと、
私は思う。

それが悪いわけでもなんでもない。

人間として気高い自分を誇ればいいと思う。

・・でも、自分は自分の本能を受け入れる、と
思っていても、家族とか周囲とか、世間が許さない
場合、どうすればいいのだろうか。

あまり根拠が無いけど、日本は本能的に生きる人
を許さない文化だ。よく右向け右の金太郎飴の
ような、って例えられるように、同じことをする
のが良いとされる。もちろんそれもあるけど、
もともと農耕民族が多い国民性から、他の国や
地域ほど、動物的本能に理解が無いと思う。
世界のほかの地域だと、狩猟民族系の人たち
もたくさん居て、狩猟って言うのは動物として
の戦いだから、そういう人たちは、どちらかと
言うと、日本の人よりは、自分の本能的な部分を
容認している、と思うけどな。

それもどちらが良いというわけでもなく、
ただ歴史的背景がそうであるだけなんだけど。

私は以前に比べたらより動物的よりの選択をしはじめた。
最近そうなんだ。

で、″あ、やばい、私今動物っぽいところが
異様に出てしまった(・ω・ノ)ノ″とか、

他人から″あなたは人間としての気高さを持って
居るのか″と(こちらが勝手に)問われているよう
な気分になる状況も多々ある。笑。

でも、″わたくしはまごうことなき人間です(・ω・)ノ″
と言う顔をしている。そうなりきっている。そうなりきれるよう努力している。笑。

それしかないと思う。笑。

疲れたら、動物園に行って、動物に共感して、癒されればいいと思う。笑。

もしかして動物園って、そういう大人のためにあるんじゃ
・・・・www・・・なわけないがw


ひきつづき↓の構造主義の本を読み進める・・・。
http://redeyeyan.diarynote.jp/201302090252243901/

印象的な一節。

価値があるから交換されるんじゃなくて、
交換されるから価値がある。

とのこと。

んー。深い。

このことはとても深い。

構造主義の学問の中では
人類学の見地から、親族間
での結婚の仕組みを、女性
を交換する(聞いてえ?と
思う人も居るらしいけど、
まさに交換することこそが
結婚らしいのだ)パターン
として読み解いている。

結婚だけではなく、
わかりやすい例だと
貨幣は経済価値として
交換されるし、もっと
抽象的な例だと、言語
や愛も、人と人の間
で交換され続けている。

これらのことにあまり
取り立てて深い意味は
無さそうだ。笑。

交換され続けているから、
交換される象徴となって
居るもの(結婚の場合だ
と嫁となる女性、貨幣
の場合だとお金と言う
概念や紙幣やコイン
など)が象徴として
時に存在が大きく
クローズアップされる
だけの話で、

交換制度がなぜあるのか
を突き詰めることはあまり
意味が無いもんらしい。

ただひとつ言えるのは、
交換制度があるからこそ
人類は人類らしい豊かな
営みを繰り返すことが
出来ている、と言うこと
らしい。

たまごが先か、にわとりが
先か、みたいな話になって
来るけど、そうなんだって。
読んでみてる。

デザイン書のコーナーにあったけど、専門書っぽくなくてわかりやすく興味を惹いた・・・。

子供の頃からフォントが好きと言うか、気になってた。父が、デザインとまではいかないけど字体とかを気にする仕事だったから。仕事のことは知らないけど、家で年賀状とか作るときにどういう字体にするか結構こだわって選んでる様子なんかを見て育った。

古代の碑文に似せて作ってあるフォントや、活版印刷、銀板印刷の書体がもとになっているフォントなど、欧文書体と言うのは何百年何千年の、本当に奥の深い世界があるんだって。

タイトルにもある、ブランドのロゴ、と言う例が分かりやすい。ブランドの表現したいイメージがフォントに表れる、とする説は説得力がある。王道感や伝統、エレガンス、もしくはモダンさ・・・など。こう言うイメージを表現したいからこのフォントでこう言う細工がしてあります、って言われたら、そうなんだ・・・と思ってしまう。

そして、大事なのは、字と字の間の間隔をどの程度空けるか、て言う点らしい。

Oがどの程度丸いか、まん丸か楕円か、みたいなことや、SやEやRがどの程度幅が広いか、と言うようなことがフォントを見分ける鍵になっているようだ。

字にもお国柄、土地柄があるようで、ドイツっぽい字とかフランスぽい字、みたいなのもある。そういえば、外国の写真とかを見るとき、あ、これっていかにもパリっぽい!と思うのって、景色そのものはもちろん、景色の中に映り込んでいる看板のロゴなどの字体の印象に左右されることも大きいのかもしれない。

あんまりよく知らないけど、フォントデザイナー、みたいな人も居るんだよね・・・。凄い世界だね。
 思うところあって急に本棚眠るシリーズからひっぱり出して今読んでる。
10年ぐらい前に1回だけ読んで、あまりのとっつきにくさに凍結、本棚眠るどころか冬眠し続けるシリーズとなっていた本である・・・。なぜ残っていたのかもよくわからんけど、いつかこの内容を理解できる日が来る・・・と言うか来て欲しいという希望的観測で保存してたんだと思う・・・。

″構造″って言う言葉は、構造主義を理解するために助けになるかもしれないけど、それにとらわれてはいけないんだな、って思った。

人間の営みの本質を解き明かす手法に関して、詳細が見えなくならない程度に、良い意味で抽象度を一旦上げる(俯瞰で見る)とはどういうことか、って言うことだな・・・。

10年前に読んだ時よりは少しはわかったような気になった。でも構造主義が世に出てくる前の社会思想の大きな潮流であったマルクス論的なものも理解してないと(対比することでよくわかるらしい)ほんとに分かったことにはならない・・・て気がする。

物の見方のひとつの解釈としてはめちゃくちゃ参考になってる。

また10年後に読もうかなw
新年明けましておめでとうございます!☆
今年は飛躍の年に!と言いたいところですが・・・
自分では飛ぶよりは漂いたいと思っています!
ゆるく時空を空間を漂い自由に( ̄  ̄)))
・・・・がテーマかなあ。

大晦日にフラリと買った本。星読み+。
去年の終わりに自分の中に残った課題と
言うか大きな疑問と言うか、時間を管理する
って何だろう( ̄  ̄?)自分に時間を仕切れる
力はあるのか?そういうテーマを星を読む観点から
説明してくれそうな感じです。今から第一章『星で
読む時間』を読もうかな☆

今年は去年以上に良い一年にいたしましょうね!
皆様のご活躍、ご健勝を祈っております☆
本棚眠るシリーズ・・・
手塚氏の漫画版ファウスト・・・

むずかしかった。
でも、満足とは努力なのだなと分かった。

以前偉い人の話を聞いた。
「結果を出すと言うところから逆算した努力で結果が出るんじゃない、
努力するから、努力したから結果が出るんだ」
とおっしゃっていた。

結果を前提にしすぎるな、と言う戒めだな・・・。

欲やプライドはまず手放さないといけない。

ほんとうにコレ大事だと思う。

けっきょくは結果が出ないと評価もクソも無いけど、

一旦忘れよう。
ゾーンに入る・・・ってアスリートが良く使う言葉やな・・・。
参考になるか分からんけど読んでみる!
白と黒と言えば・・・
さいきん読んだ本でおもしろかったのがコレ。
色紙さまって言う概念が面白いw

ようするに色彩心理学?てきな感じと思うけど、
色によって仕組まれてるんだなあいろいろなことが・・・
とよく分かったのですわ・・・

2012年8月23日 読書(買った本)
だいぶ前に入手して本棚眠るシリーズだったけど
さいきんまた読んでみている。

獄中の中をですよ、
神との対話を続けながら世捨て人にならず、
人を恨まず、嫉妬せず、裏切らず、責任転嫁をせず、
転向もせず、人間としての尊厳を保ちながら、国家公務員としての
国益の最大化をはかるにはいかにすべきか・・・?
てどんだけ聖人君子w

暗くなく、場末感も無いのはすごいと思う。
暗く、場末感に走るほうが楽な場合もあるしね。


一番気になるフレーズ
″一九世紀フランスの権謀術数に長けた外交官タレーランが
「外交とは恋愛のようなもの」と言いましたが、政治も恋愛の
ようなものだと思います。本当に苦しい状況の中でこそ、愛情の真価が
問われるのだと思います。そして、私たちが愛情を抱いた対象は、特定
の個人ではなく、日本と言う国家でした。″

そうか、ここまでの状況でここまで暗くないと言う背景は、国家への
愛が支えているのか・・・。
この本すべてが、国家への愛の書、なのかも。

で、佐藤氏はさいきんどうされているのだろー?
面白いホンだった。
中古物件などをリノベーションして住んだりする
ようなスタイルは、少しずつ広まっているようだけど、
まだまだニホンで根付いているとは言えないし、
自分自身そういう方面を評価できる確固たる基準がないけど、

少なくとも、街や建物、住むこと、暮らすこと、
ぜんぶ、平面的なものではなくて、色々な側面
や価値基準がある、立体的なことである。

★★駅前徒歩◎分の立地で何平米で、
△工法建物■階建てで~~だから…
チン!●●●円…、ハイお引渡し!
みたいなやりとりばっかりでは
面白くないんだと思う。

オーナー側が「この物件はカフェ
をやってくれる方に貸したい」と
使用目的を指定して貸す方式とか、

「こういうリフォームをやりたい」
と言う案を借り手側に募集し、
一番良い案と思われる借り手が
借りることが出来る方式とか、

既存の「原状回復」の形式を打ち破る
ようなメンテナンスの新しい形とか、

リアリティある豊かなライフスタイルや
街をつくって行くような人たちが居るって
言うことに、勇気をもらえた。

音楽やDJに興味無い人でも哲学書として読めば面白いかも
と思うぐらい隠れた名著だ…。

″選ぶ″とはどういうことか
″定義する″とはどういうことか

普段そういうことを考えるヒントはなかなか無いが
DJの人は日々そういうことをやっているのだね。
堅めの(ビジネスエリート的な人が書いて居る系)自己啓発本とかに少々飽きて、最近はクリエイティブな方面の人が書いてるやつが面白いと思って色々読んでみている。

佐藤さんのやり方は、「はなから答えは相手(対象)の中にある」と言うもので
ものすごくシンプルで分かりやすい。

こう言う人らは、俯瞰して見るマクロ目線も、思いっきり近づいて見るミクロ目線も両方持って居て、それを使い分けたり、両方で見たり、自由自在だからずっと一流(の世界で成果を出し続けることが出来る)で居られるんだと思う。

才能ってそういう事だね。

無限にある音楽の中から、人が必要としている1曲を探し当てる情報分析と判断のプロ、であるDJを主軸としたクリエイティブ・ディレクターである著者の、情報を収集、編集、判断して行くノウハウをまとめた内容。

一番参考になった部分は、色々な作業を同時並行でしている、その方が時間の節約、集中力を保つ、濃い時間を過ごす、などのメリットがあると言うこと。

一つのことだけに集中しなさいと言う教育をみんな受けて来たと思うけど、慣れたら著者のような同時並行パターンの方が、物事を俯瞰的に(一つのタコツボにハマったままにならないと言う意味で)見たり判断出来るようになるのだろう、わたしもそう思う。

一つのことに集中すること=正しい、正義、色々なことに手を出す=我慢が出来ない、悪のようなニュアンスで捉えられることがまだ多いと思う。そのイメージもけして間違って居ないし、個人の取り組み方や意識の持ち方の問題でもあると思うし、どっちが良いとも言えないけども、少なくとも私は、一つのことに集中することこそ何よりも正しい、と言うイメージは前の時代の考え方だと思う。6~7年ぐらい前から本当にそう思い続けていて、でもそういう考えってまだ「世間での合意」を得て居ない為、自分でも迷いが合った。

今回、第一線の、音楽業界にとどまらず広範囲のクリエイティブな分野で20年ぐらい活躍し続けて居る実績のある著者がそのように言っているので、あぁ別に間違っては居ないんだと思えたし、今のようにスピード感速い時代だとそうじゃないとやっていけない部分も少なからずあるに違いない、と納得出来たことがこの本を読んで良かったこと、収穫だったと思う。

プロセスも大事だけど、やはり最終的に良い成果が出せるかどうかが何よりも大事(顧客に満足感を得てもらうことだったり、自分自身が満足感を得ることだったり、色々な場面があると思うけど)と言う考え方なんだと思う。素晴らしい。
これも。シンプルで洗練された思考と表現を求めw

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